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聖霊のバプテスマの恵み(30)中山満

 

十條基督教会
中山満

嬉しくて嬉しくて

ですから、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っています。それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。」

(ルカの福音書 11章13節)

聖書 新改訳2017©2017 新日本聖書刊行会

嬉しくて嬉しくて

 私は高校3年生の時に、聖霊のバプテスマを体験しました。それまでの私は、聖霊のバプテスマを頭では理解していましたが、本気で求めることはありませんでした。というのも、兄弟の中で自分だけが受けることができなかったからです。いつの間にか「自分には受けられないのだ」と思い込むようになり、次第に求めることをやめてしまいました。また、「自分には必要ないのでは」とさえ思うようになっていました。

 しかし、高校3年生になり、進路のことで悩むようになりました。看護師を目指して東京の看護学校を受験しましたが、残念ながら不合格となり、大きく自信を喪失しました。将来に対する希望も失いかけていたそんな時、母が一通の手紙をくれました。その手紙の中に「今のあなたには聖霊の力が必要だから、10月の北海道聖会で求めて祈ってみなさい。聖霊様があなたの人生を導いてくださるから」と書かれていました。その言葉とともに、御言葉が記されていました。

 ”ですから、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っています。それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。」“ルカの福音書11章13節(新改訳2017)

 私の心に深く響きました。素直に「聖霊のバプテスマを求めて祈ろう」と決心することができたのです。そして、その時がきました。聖会の中で聖霊を求めて祈る時、「聖霊のバプテスマを求めている方は前へ」という招きの言葉に応じて前へ進もうとした瞬間、自然と涙が溢れ出しました。それは悲しみの涙ではなく、言葉では言い表せない温かい気持ちが込み上げてきたのです。前に出た私は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、どうすることもできませんでした。胸が熱くなり、全身が温かくなり、まるでイエス様の腕に包まれているような感覚でした。その時、初めて「イエス様は生きておられる。確かに私を愛してくださっている」とはっきりと感じました。それが本当に嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。

 さらには、風のようなものを感じ、両足が震えはじめ、それが下半身から上半身にだんだんと広がり、立っていられないほどになりました。その震えが首まで達すると、勝手に舌が動き始め、今まで発音したことのない言葉が口から出てきました。不思議な感覚でした。また、これが「異言」と呼ばれるものだと理解できました。自分の力でとどめることができず、しばらく異言で祈っていました。どのくらい祈っていたか分かりませんが、あっという間の出来事のように感じました。

 聖霊待望会が終わると、両親が駆け寄ってきて、誰よりも喜んでくれました。その時、父が思わず口にしたのは「満だけは受けられないと思っていた」という言葉でした。牧師である父がそう思うほど、私はどうしようもない人間だったのかもしれません。しかし、神様は私の必要をすべてご存じであり、一番良いタイミングで聖霊を与えてくださいました。そして、その後、将来の道も開かれていったのです。

 私にとって一番嬉しかったことは、「イエス様が生きておられる」「イエス様は私を愛してくださっている」と実感できたことです。それまでは、100%信じきれていない自分がいました。しかし、聖霊のバプテスマを受けたことでその確信が揺るぎないものとなり、信仰が強められました。さらに、イエス様を心から愛し、自分の人生を神様のために捧げたいと強く思うようになりました。その変化は、家族や友人たちも驚くほどでした。

 救い主イエス・キリストを「頭で理解する」のではなく、「体験を通して知る」ことができたのが、聖霊のバプテスマでした。もはやイエス様を否定することはできません。そして、イエス様のことを伝えずにはいられません。そしてこの素晴らしい体験を、ぜひ皆さんにも求めていただきたいと心から願っています。

この証は、書籍『聖霊のバプテスマの恵み』との連動企画です。
書籍はAG福音出版でお買い求めいただけます。

※教会名は、掲載時点のものです。

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