※書籍『聖霊のバプテスマの恵み』(AG福音出版)連動企画です。
AG教職の証・体験談を次々と。月、お二人の証しを掲載予定です。
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聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(57)末次勝
私は、小学生の時、友だちに誘われて教会の日曜学校に行くようになりました。そしてイエス様を信じるようになりました。そのようなわけで聖霊のバプテスマのことも、異言のことも、話しは聞いておりましたし、知ってもいました。そしてキャンプや聖霊待望会で何度も前に出て祈り求めました。けれども何度求めても、いっこうに与えられるきざしはありませんでした。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(56)澁澤主悦
1964年、東京オリンピックの年に、私は牧師家庭に生まれました。それからあっという間に34年が過ぎた頃、宮城県の泉福音チャペルへ導かれました。そこは、まるで聖霊が渦巻いているかのような、圧倒される教会でした。しかし牧師の息子であるはずの私は、聖霊のバプテスマを経験していないどころか、「聖霊?異言?ってなに?」と、そんなよく分からない状態でこの教会に来てしまったのです。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(55)井上すみれ
私は7歳の時に洗礼を受け、イエス・キリストを救い主として信じ受け入れました。そして10歳の時に、母教会の聖霊待望祈り会で聖霊のバプテスマを受けました。しかし、異言で祈る恵みをほとんど知らずに月日が経っていきました。私は大学生になり、超教派の集会に参加する中で、再び聖霊に満たされることを体験しました。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(54)中村 成美
洗礼を受けるまでの期間に、信徒の方から貸していただいた全国聖会のDVDを自分の部屋で見ました。その中で講師の先生が「聖霊に満たされたい人は立ってください」と言われたので、私はその場に立ちました。すると、「もしかしたら他の言葉で祈れるかもしれない」という思いになり、祈ってみると本当に知らない言葉が出てき驚きました。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(53)吉田敦
私が高校生の時に、父が病気になり、『人の人生とは何だろう?』と考え、悩むようになりました。 自宅から歩いて数十分の所に教会があり、通うようになりました。北九州シオン教会(当時:力丸嗣夫先生)です。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(52)長澤聖志
私はキリスト教の異端のカルトグループに所属していましたが、そこから助け出されてイエス様を信じる恵みにあずかりました。まだ水のバプテスマは受けていませんでしたが、聖書のお話しを聞くことの喜びを味わっていました。聖書を学ぶことは自分の信じていたことの間違いに気付くことであり、それと同時に聖書の約束に触れることでもあったからです。その中で聖霊のバプテスマについて聞きました。信じた者が聖霊に満たされる体験があるというのです。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(51)谷口昇人
私は四世代目のクリスチャンとして生まれましたが、私にとって「聖霊のバプテスマの恵み」という言葉は馴染のないものでした。私の家族は全員が長老派の教会出身で、その中で唯一叔母だけがペンテコステ系の教会に通っておりました。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(50)城市篤
30歳の時、教会の集会の中で私は聖霊のバプテスマの恵みを受けた。それは、教会の通うようになって洗礼を受けて半年ほど経ったときであった。礼拝のメッセージや祈り会の中で異言の祈りについて耳にすることがあり、その時は「そういうものがあるんだなあ・・」くらいに思っていた。今振り返って思うに、それは私にとってどこか他人事であり、自分とは無関係な出来事のように思っていた。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(49)安間正道
私が聖霊のバプテスマの恵みに預かったのは、高校3年生の時でした。進路は東京基督教大学に進むことが決まっていました。それまでは、中学・高校とサッカーに夢中でしたので、教会生活は中途半端な状況でした。高校3年の夏、Hi-b.a.(高校生聖書伝道協会)キャンプに参加して、放蕩息子のような生き方をしていた私の信仰が回復し、献身の道に歩みたいと決心しました。それまで考えていた進路を変更し、2学期から準備を始めました。高校卒業して大学に入るまでに、しっかり教会生活を送り、まだ達成していなかった聖書通読、そして、聖霊のバプテスマを求めることにしました。 -
聖霊のバプテスマの恵み
聖霊のバプテスマの恵み(48)チュアめぐみ
私は超教派のクリスチャン大学に入学し、「異言で祈るのは怪しい」という考え方が存在する、ということを知った時に衝撃を受け動揺しました。なるべく怪しい目で見られないように、クリスチャンの友人たちにも自分のうちにある大切な宝を隠し持って過ごした4年間だったことを思い出します。そんな体験を経て「なんで神様は異言を与えてくださるのか?」「必要なのか?」と模索するようになりました。
