MENU

聖霊のバプテスマの恵み(55)井上すみれ

 

新発田いのちのパンチャーチ
井上すみれ

聖霊様と過ごす喜びの時間

私のたましいは 神を 生ける神を求めて 渇いています。 いつになれば 私は行って 神の御前に出られるのでしょうか。

(詩篇42篇2節)

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

聖霊様と過ごす喜びの時間

 現在、私は3人の子どもを育てていますが、子育ての中でも聖霊様が豊かに働いてくださることがありました。長女が1歳に満たない頃、精神的に辛い時がありました。育児書通りにはいかない。全力であやしても寝てくれない。これを聴けば赤ちゃんが泣き止むという曲を流しても大泣き。私は自分の力に頼り、主により頼んでいなかったことに気付かされました。夜、疲れを覚えながら長女を抱き、主に泣き叫ぶように異言で祈りました。私の心は次第に、主が共におられる平安と慰めで満たされていきました。寝かしつけ最中であったことを忘れるほどに異言で祈り賛美し、いつの間にか長女はすやすや眠っていました。夜の辛かった寝かしつけが、聖霊様と過ごす喜びの時間へと変えられていきました。

 私は7歳の時に洗礼を受け、イエス・キリストを救い主として信じ受け入れました。そして10歳の時に、母教会の聖霊待望祈り会で聖霊のバプテスマを受けました。しかし、異言で祈る恵みをほとんど知らずに月日が経っていきました。私は大学生になり、超教派の集会に参加する中で、再び聖霊に満たされることを体験しました。私の舌を主にゆだねること。人を祝福することも呪うこともできる舌、コントロールが一番難しい自分の舌を、主に明け渡して異言で祈るように導かれました。すると主は、新しい異言を与えてくださり、私のからだは震え、主が生きておられるという感動がとまりませんでした。その日を境に、異言で祈りながら主を褒めたたえ、主と1対1の交わりがさらに深められていく生活が始まりました。

 私たちはいつでもどこででも御霊によって祈り、御霊によって賛美できることを感謝します。問題の深刻さにどのように祈ったら良いかわからず、眠れない夜にも主は共にいてくださいます。私は不安を覚えた夜、異言で祈りながら朝を迎えた日がありました。主は私を支えてくださり、大きな御手にずっと包まれるような感覚でした。

 日々の生活の中で、より一層聖霊様を歓迎し、御霊に満たされ、主の豊かさの中を歩ませていただきたいです。

私のたましいは 神を 生ける神を求めて 渇いています (詩篇42:2)

家族写真

この証は、書籍『聖霊のバプテスマの恵み』との連動企画です。
書籍はAG福音出版でお買い求めいただけます。

※教会名は、掲載時点のものです。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

お友だちへのシェアにご利用ください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

感想・コメントはこちらに♪

コメントする

CAPTCHA