

能登に魂の「復興」を
——暗闇に輝く希望の光を届けるために
北陸復興委員
アガペー三田キリスト教会
安東 聖樹

1. 走り慣れた道と、消えてしまった景色

3月9日からの被災地視察ツアーで、金沢から能登へと続く「のと里山道」を走りながら、ふと気づいたことがありました。それは以前よりも、随分と運転しやすくなったように感じたのです。
震災でボロボロになった道路の復旧が進んだこともありますが、何より私自身が、支援のためにこの道に何度も通い、この景色に慣れてきてしまっているのだと、ハッとさせられました。
誌面のテーマは「復興」です。「現地は戦地だ」と奥佐兄がよく言っていましたが、まさに昨年までは、ニュースでよく報道されている戦場跡のような がれきだらけの土地でした。しかし、地震から2年が過ぎ、昨年末で、建物の公費解体はほぼ完了して、今ではただただ広い、がらんとした「空き地」が広がっている状態です。

能登に魂の「復興」を
——暗闇に輝く希望の光を届けるために
北陸復興委員
アガペー三田キリスト教会
安東 聖樹

1. 走り慣れた道と、消えてしまった景色

3月9日からの被災地視察ツアーで、金沢から能登へと続く「のと里山道」を走りながら、ふと気づいたことがありました。それは以前よりも、随分と運転しやすくなったように感じたのです。
震災でボロボロになった道路の復旧が進んだこともありますが、何より私自身が、支援のためにこの道に何度も通い、この景色に慣れてきてしまっているのだと、ハッとさせられました。
誌面のテーマは「復興」です。「現地は戦地だ」と奥佐兄がよく言っていましたが、まさに昨年までは、ニュースでよく報道されている戦場跡のような がれきだらけの土地でした。しかし、地震から2年が過ぎ、昨年末で、建物の公費解体はほぼ完了して、今ではただただ広い、がらんとした「空き地」が広がっている状態です。
【写真】奥佐豊作さん(奥佐将司兄のお父さん)
「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。」
(黙示録三章二十節 日本聖書協会 新共同訳聖書)
2. 仮設住宅で聞いた「後悔」と「孤独」
私は今回、輪島市三井、能登町鵜川、珠洲市正院という3カ所の仮設住宅を訪ね、代表の方々とお話ししました。そこで耳にしたのは、被災された方々の心の叫びでした。
「国に言われるまま、急いで家を壊してしまったけれど、直して住めばよかった……」
そんな消えない後悔の念を抱えている方の声を聞くこともありました。
自費で建物を再建できる人は仮設を去っていきます。それは本来喜ばしいことですが、残されたコミュニティではリーダーがいなくなり、お年寄りたちが一人きりで取り残され、孤立化が進んでいます。福祉の現場でも、赤字経営や深刻なスタッフ不足という、非常に厳しい現実に直面していました。
課題を聞けば聞くほど、先が見えない暗闇の中に立ち尽くしているような、やりきれない思いに駆られます。


3. 真っ暗な夜空に見えた「真理」
そんな暗闇の中で、ひとつの大切な真理に気づかせてくれるお話を聞きました。それは、震災直後の壮絶な体験を語ってくれた、奥佐兄の言葉です。
発災直後の避難所は、まさに極限状態でした。食べ物も水もなく、暖を取るためのゴミ袋一枚しか配られない夜。寒さと絶望に震えながら、ふと夜空を見上げると、そこには驚くほど美しい「満天の星」が広がっていたといいます。
「真っ暗闇だからこそ、光はより強く輝く。四方が閉ざされても、天は開かれている」
彼は豪雨災害後、その記憶を胸に、金沢で仮オープンしていた店を閉じ、「珠洲の町に、もう一度灯りをともしたい」という一心で戻ってこられました。
その彼を支えるということが、私たちの教団による能登支援の大きな柱となっています。

珠洲市支援拠点 ANARCHY

珠洲市支援拠点 ANARCHY
3. 真っ暗な夜空に見えた「真理」
そんな暗闇の中で、ひとつの大切な真理に気づかせてくれるお話を聞きました。それは、震災直後の壮絶な体験を語ってくれた、奥佐兄の言葉です。
発災直後の避難所は、まさに極限状態でした。食べ物も水もなく、暖を取るための新聞紙一枚しか配られない夜。寒さと絶望に震えながら、ふと夜空を見上げると、そこには驚くほど美しい「満天の星」が広がっていたといいます。
「真っ暗闇だからこそ、光はより強く輝く。四方が閉ざされても、天は開かれている」
彼は豪雨災害後、その記憶を胸に、金沢で仮オープンしていた店を閉じ、「珠洲の町に、もう一度灯りをともしたい」という一心で戻ってこられました。
その彼を支えるということが、私たちの教団による能登支援の大きな柱となっています。


4. 今こそ「能登」の時 — 人々の渇き
能登半島に164箇所の仮設集落がある中で、関西チームはこれまで、3カ所を中心に炊き出しやコンサートを続けてきました。そこで目の当たりにしたのは、「魂の渇き」でした。
正直に申し上げて、私たちが普段住んでいる町では、どれだけイベントを企画し、トラクトを配布しても、目に見える反応はほとんどありません。特にこの数年、人々の魂がすごく固くなっていることを感じます。しかし、ここ能登では違います。深い苦しみを知り、痛みを経験した能登の方々は、驚くほど 私たちを受け入れてくださるのです。
そこには、理屈を超えた「魂の渇き」「霊的な渇き」があります。私たちが歌えば、彼らは一緒に賛美の声を合わせ、私たちが祈れば、彼らは静かに、そして真剣にその祈りに耳を傾け、共に祈ってくださる。これほどの協力的な姿勢と、柔らかな心に触れるとき、震えるような感動を覚えずにはいられません。
私たちの町では届かなかった言葉が、ここでは魂の奥深くにまで染み込んでいく。そして、今が能登の時で、神様の恵みが豊かに注がれることを感じるのです。そして、この能登にリバイバルの火が灯るときに全国に聖霊の大爆発が起こる。能登は日本のリバイバルの導火線、そして、珠洲はその導火線の先っぽのように感じるのです。





5. 岩下さんの志を継ぐ「新しい拠点」の誕生

3月11日、珠洲で私たちの教団の支援センターの開所式を執り行いました。この場所には、すばらしい物語があります。ここは、かつて岩下八司さんが、能登の支援のためにお借りしていた場所でした。岩下さんは、アーサー・ホーランド師の十字架行進のアシスタントをされ、長年バングラデシュでボランティア活動に人生を捧げられ、50の学校を建てられた方です。また能登地震の際も いち早く現地へ駆けつけ、独自の支援を続けてこられた方です。
しかし岩下さんは、奇しくも今年、震災から2年目を迎えた1月1日に、主のもとへと召されました。あの日と同じ日に天に帰られた岩下さんの足跡を思うとき、私たちは、彼がこの場所で守ろうとした「苦しんでいる人を決して放っておかない」という精神を引き継がなければならないと思わされています。

6. 「右側に網を打ちなさい」
——今、一つとなって立ち上がる時
聖書の中に、一晩中働いても何も捕れなかった弟子たちに、イエス様がかけた言葉があります。
『舟の右側に網を打ちなさい。そうすれば捕れます』(ヨハネ21:6)
今、この能登の地こそ、主が示してくださった「右側」です。全国から駆けつけてくださる短期・長期のボランティアの皆さんが、このセンターを滞在拠点として、活動に専念できるよう整えられました。
兄弟姉妹の皆さん、どうか能登に寄り添ってください。実際に現地へ足を運び、その目で現地の状況を見てください。そしてさらに共に祈ってください。絶望の中にいる方々に豊かな希望を伝えるために。
「神も仏もいない。しかし、キリストさんはいる。」仮設リーダーの方は、そう言葉にされました。

輪島三井仮設集会所にて
今こそ、私たち教団が一つとなり、能登の「復興・リバイバル」のために立ち上がりましょう。そして主が用意してくださった「主にある希望」という網を、今、「舟の右側」である「能登」に全力で打ち込もうではありませんか。

6. 「右側に網を打ちなさい」
——今、一つとなって立ち上がる時
聖書の中に、一晩中働いても何も捕れなかった弟子たちに、イエス様がかけた言葉があります。
『舟の右側に網を打ちなさい。そうすれば捕れます』(ヨハネ21:6)
今、この能登の地こそ、主が示してくださった「右側」です。全国から駆けつけてくださる短期・長期のボランティアの皆さんが、このセンターを滞在拠点として、活動に専念できるよう整えられました。
兄弟姉妹の皆さん、どうか能登に寄り添ってください。実際に現地へ足を運び、その目で現地の状況を見てください。そしてさらに共に祈ってください。絶望の中にいる方々に豊かな希望を伝えるために。
「神も仏もいない。しかし、キリストさんはいる。」仮設リーダーの方は、そう言葉にされました。

輪島三井仮設集会所にて
今こそ、私たち教団が一つとなり、能登の「復興・リバイバル」のために立ち上がりましょう。そして主が用意してくださった「主にある希望」という網を、今、「舟の右側」である「能登」に全力で打ち込もうではありませんか。


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