知らずに受けた
聖霊の恵み
だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとうりに、その人の心の奥底から生ける水の川が流れ出るようになる
(ヨハネ7章37~38節)
私が聖霊のバプテスマを受けたのは、高校三年の夏に開かれた阿蘇聖会でした。教会に行き始めて五カ月ほど経った時でした。聖書は熱心に読んでいましたが、聖霊のバプテスマのことは全く知りませんでした。礼拝において異言で祈っておられる方々の祈りは全く気に留めることもなく違和感もありませんでした。信仰が深まればそのような祈りをするようになるのだと考えていました。自分の罪については聖書を通して自覚していましたので、十字架の救いは素直に受け入れました。そして礼拝にも祈祷会にも自発的に出席していました。
教会で、八月に泊りのキャンプがあると聞いて、参加するためにアルバイトをして費用を備えました。そのキャンプが阿蘇聖会でした。 講師はアッセンブリー教団明石キリスト教会の牧師・山脇久治師でした。聖会のあとの聖霊待望会の時に、聖霊のバプテスマを受けていない人は前に出て来るようにお勧めがありました。前に進み出しましたが、聖霊についての知識もなくどのように祈ったら良いかも分からないので十字架の救いに感謝していました。すると他の教会の年配の婦人の方が私の後ろから手を置いて祈って下さっていることに、「私のために祈って下さって申し訳ないなあ」と思ってました。
そして一時間ほど経った頃でしたが、頭の中が真っ白になった瞬間、私の口から異言がほとばしり出て来たのです。それと同時に言い表せないほどの平安と喜びが腹の底から湧き上がって来ました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとうりに、その人の心の奥底から生ける水の川が流れ出るようになる」(ヨハネ7章37~38節)、まさにそのような体験でした。涙と鼻水でくしゃくしゃになりながら聖霊の愛に包まれて喜びと感謝でいっぱいでした。受霊したあと、阿蘇聖会の期間中に小学校のプールで洗礼を受けました。
聖霊のバプテスマを受けた私は消極的な者から大胆な者に変えられて伝道する者となりました。また両親に反対されても教会に行き続けました。その後、両親も救われて天国へ旅立ちました。これからも主の証人として福音を伝えて行きたいと思っています。
※教会名は、掲載時点のものです。
感想・コメントはこちらに♪