伝道の力、奉仕の力
神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。
(テモテへの手紙第二 1章7節)
私が聖霊のバプテスマを受けたのは大学生の時でした。受けるまでの私は聖霊のバプテスマ自体に興味がなく、キャンプなどでも友人が求めているから自分もなんとなく祈っていた状態でした。神様に対する信仰がその程度だったため、奉仕に対しても間違った思いで取り組んでいましたし、伝道に対しても苦手意識が強い状態でした。自分の気に入った奉仕だけする、その他はやらない!と線引きをし、「喜んで奉仕する」というものを間違って捉えていました。そんな中、パンクロックと出会い、次第に神様と教会から心が離れるようになりました。
しかし、大学生の時、フィリピン宣教体験ツアーを通して私の信仰は変えられました。宣教体験ツアーに参加したメンバーと話していくうちに、私の中に「自分には悔い改めと聖霊の力が必要だ!」と確信が与えられました。それまでの私は、牧師の家庭に生まれたことや幼少の頃から聖書の話を聞いていたこともあり、クリスチャンとしてのプライドみたいなものを持ってしまっていました。しかし、その信仰は高慢で不信仰の状態「なんちゃってクリスチャン」でした。宣教体験ツアーのメンバーの話しは、そんな私の心に刺さったのでしょう。帰国後、心から祈りの中で神様に悔い改めました。自分の好きな奉仕だけすることや、周りが求めていたから祈るという今までの罪や不信仰を悔い改め、自分自身で聖霊を求めて祈りました。それから1ヶ月後、全国聖会に参加した私は、その聖会の中で、聖霊のバプテスマを受けることができました。祈りの中で、これまで間違った姿勢で奉仕をしていたことや神様から離れていたことを悔い改めていると、いつの間にか私の口からは神様をほめたたえる異言が出ていたのです。
高慢で不信仰だった私を神様は聖霊によって変えてくださいました。大学卒業後、就職先でも神様のことを伝えることができました。また、どんなに仕事が忙しく疲れていても教会で奉仕することは喜びへと変えられていきました。
今は神様の不思議な導きで仙台の教会で牧師となっていますが、何年経っても、どこにいても聖霊のバプテスマを受けた時の恵みと喜びを忘れることなく、喜んで奉仕し、福音を語り続けていきたいと強く願います。
※教会名は、掲載時点のものです。
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