
「日常を通してキリストを証する人生」

ハレルヤ!主の御名を賛美します!
私の名前は上地基希(うえちもとき)と申します。
沖縄県在住で、綺麗な海と山が魅力の南城市にある「沖縄プレイズチャーチ」という教会に所属しています。
普段は教会が運営している「Praise Coffee Store」というカフェでバリスタとして働いており、教会では伝道師、そしてワーシップチームのリーダーとして礼拝メッセージや賛美奉仕をさせていただいております。
また、個人的な活動として超教派ミニストリーの運営や賛美奉仕、さらにクリスチャンのシンガーソングライターとしてライブ活動などにも携わらせていただいております

私自身、昔から人見知りで、歌うことや人前に立つことが得意なタイプではありませんでした。実のところ学生の頃、神様に「クリスチャンシンガーだけにはなりたくありません」と祈ったほどです(笑)。
しかし神様の導きは本当に不思議で、想像をはるかに超えたご計画をお持ちであることを、人生を通して経験させていただいています。
今でこそイエス・キリストの愛を伝える働きに携わり、聖書のメッセージを語る者として立たせていただいていますが、最初から確信に満ちた信仰を持っていたわけではありませんでした。
私はクリスチャンホームに育ち、幼い頃から教会やクリスチャンスクールに通い、聖書に親しんできました。しかし、神様の存在を疑うことはなくても、「確信」と呼べる体験はありませんでした。

中学1年生になる頃には信仰から離れ、ロックやヘビーメタルに傾倒し、音楽活動に没頭する日々を送っていました。しかし、どれだけ音楽や成功を追い求めても、心の渇きが満たされることはありませんでした。
そんな中、中学2年生のときに学校主催の「チェンジングライフキャンプ」に参加しました。
私はこのキャンプにすべてをかける思いで、「神様が本当にいるのなら、私にはっきりとわかる形で触れてください」と祈りました。

その夜、十字架の愛についてのメッセージの後、祈りの中で、十字架の釘跡のあるイエス様の血に染まった手のビジョンがはっきりと示されました。そして、「私はこんなにあなたを愛したが、あなたは私を愛しますか?」という温かい問いかけを心に受けました。
その瞬間、涙が止まらなくなり、深い悔い改めとともに、主の圧倒的な愛を体験しました。
それは、それまで“情報”としてしか知らなかったイエス様を、頭ではなく“心”で体験した瞬間でした。

その夜、十字架の愛についてのメッセージの後、祈りの中で、十字架の釘跡のあるイエス様の血に染まった手のビジョンがはっきりと示されました。そして、「私はこんなにあなたを愛したが、あなたは私を愛しますか?」という温かい問いかけを心に受けました。
その瞬間、涙が止まらなくなり、深い悔い改めとともに、主の圧倒的な愛を体験しました。
それは、それまで“情報”としてしか知らなかったイエス様を、頭ではなく“心”で体験した瞬間でした。
自身で主催している超教派集会“Incense” での一コマ
私はその場で、主に人生を捧げたいと祈りました。
この体験は今も私の原点であり、変わることのない情熱の源です。まだまだ未熟で、キリストの姿とはかけ離れている私ですが、主の愛に応答し続ける歩みの中で、今日ここまで神様が導いてくださっていることを心から感謝しています。
この体験を通して、イエス・キリストは死んだ神ではなく、死を打ち破ってよみがえられ、今も生きて働いておられる神様であると確信しました。
このキャンプでの出来事をきっかけに、神様に人生を捧げ、献身したいという思いが与えられました。


私はその場で、主に人生を捧げたいと祈りました。
この体験は今も私の原点であり、変わることのない情熱の源です。まだまだ未熟で、キリストの姿とはかけ離れている私ですが、主の愛に応答し続ける歩みの中で、今日ここまで神様が導いてくださっていることを心から感謝しています。
この体験を通して、イエス・キリストは死んだ神ではなく、死を打ち破ってよみがえられ、今も生きて働いておられる神様であると確信しました。
このキャンプでの出来事をきっかけに、神様に人生を捧げ、献身したいという思いが与えられました。
それから紆余曲折もありましたが、神様の導きの中で、献身の歩みへと一歩ずつ進ませていただいている最中です。
この世で命が与えられている限り、イエス・キリストの愛を証ししていきたいと願っています。音楽やコーヒーというツールを通してだけでなく、私自身の行いや言葉を通してもキリストを証しする者へと、さらに造り変えられていきたいと願っています。
そしてAGのさまざまなプログラムを通して、多くの先生方や兄弟姉妹と手を取り合い、福音の前進と御国の拡大のために仕えていきたいと心から願っています。









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