
「アラフィフ青少年伝道部員 」

城市 篤
豊川キリスト教会
“あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。”
伝道者の書12章1節(新改訳2017©2017新日本聖書刊行会)
私は今年ですっかりアラフィフとなったが、青少年伝道部員として日々この働きに携わらせていただいていることは、大変な恵みであり、誠に感謝なことである。
以前、あるカンファレンスで「自分に関わることができる最適な年齢層は、自分の年齢の±10歳程度である」という話を聞いた。これには会場から、ため息とも驚きともつかぬ声が上がっていたが、私自身も大きな衝撃を受けた。確かに言われてみれば、思い当たる節は山ほどある。自分の中高生時代とは明らかに価値観や世界観が異なるのだ。友人、先輩・後輩、異性、あるいは学校や教会の先生、親との関係性や接し方が当時とは全く違うと感じるのは、決して気のせいではない。時代の変化と共に文化も変容していることを理解しなければならないと痛感した。
だからこそ、各世代における「弟子づくり」が非常に大切なのだという。私の場合であれば50歳なので、下は40歳前後から上は60歳前後までが、アプローチできる最適な年齢層ということになる。確かにそのあたりの方々とは話が合う。その範囲外については、何とかついて行っている――いや、本当はついて行けておらず、むしろ若い人たちがこちらに合わせてくれているのだろう。なんと憐れみ深いことであろうか。
先日、機会があってアメリカのユースリーダー・カンファレンスに参加させていただいた。一週間ほどの短い滞在であったが、多くの学びと恵みを受ける時となった。驚いたのは、日本の教会とは人数の規模、施設、資金など、すべてが文字通り「桁違い」のスケールであることだ。もちろんアメリカの全ての教会がそうではないだろうが、そこはショッピングモールか大学かと見間違えるほどの敷地であった。キッズコーナーだけで日本の教会の礼拝堂数倍分の広さがあり、冷暖房完備のバスケットコート、何千台もの駐車場、サッカー場、さらには広大な芝生広場や森まで備わっている。それらを適切に管理する多くのスタッフも配されており、もはや地域にとっての社会インフラと言っても過言ではない。

しかしながら、そんな彼らも次世代宣教に対しては、日本と同様に大きな危機意識を持っていた。アメリカでは多くの新しい教会が生み出される一方、閉鎖する教会も多いという。そこには様々な事情があるだろうが、教会の活動から活気や魅力が失われ、若者が離れていくという構図は、今日の日本の教会が直面している状況と全く同じであろう。

カンファレンスの中で繰り返し語られ、非常に印象に残っている言葉がある。それは、聖書が教える「聖さ」「謙遜」「飢え渇き」という三つの姿勢である。これらについては、決して妥協したり希釈したりしてはならないということであった。
これには私自身、襟を正される思いがした。目の前の厳しい現実に対し、あの手この手を尽くしてもなかなか結果に結びつかないとき、私たちはつい言い訳をし、諦めてしまいそうになる。小手先のイベントに頼り、本質から逃げてしまうことも多々ある。しかし、語られたことは違った。まずリーダーや牧師自身が主の前に、そして御言葉に対して「聖さ」「謙遜」「飢え渇き」を持ち、目の前の一人ひとりを愛していくこと。それこそが基本であり、最も大切なことなのだ。
牧師である私がこれほど反省させられるのであるならば、若い人たちはなおさらではないだろうか。学校や会社、地域社会は、こうした聖書の価値観とはかけ離れた場所であることが多い。その中でクリスチャンとして生きていく孤独や、流されそうになる魂の危機を、私たちは理解する必要がある。だからこそ、共にあゆむ仲間が必要であり、弟子づくりが急務なのだ。
主の弟子となって主の弟子を育み、その弟子がまた新しい弟子を育てていく。この「弟子づくりのサイクル」が教会を強め、一人ひとりのクリスチャンを強め、次世代への力強い信仰継承へとつながっていくのだと確信している。これは一人ではできない。一つの教会だけでも難しい。同じビジョンと目標を共有し、この時代に生きる全てのクリスチャンが挑戦すべき、主から与えられた使命である。
そういえば、5月に「全国聖会」が開かれるのを皆さんはご存じだろうか。特に二日目の夜は「NEXT GEN NIGHT」が企画されている。次世代伝道に関わるすべての人が対象の熱い集会だ。講師は、我らが青少年伝道部部長の神山茂紀師である。大いに期待して臨みたい。ぜひそこでビジョンを共有し、共に祈り、励まし合う良い機会としようではないか。


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