MENU

聖霊のバプテスマの恵み(60)古澤あかり

 

海外伝道部・宣教師訓練生
古澤あかり

キリストを証しする力

むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。

(ペテロの手紙 第一 3:15)

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

スロースターターの私にさえ

 私が受霊したのは、中学生の時のことでした。自分の知性を働かせて祈るのも大きな恵みですが、どう祈ったらいいかわからない時に、御霊に導かれて祈るというのは大きな特権だと思います。

 アジアのとある国へ出張に行った時のことです。医者も、病院も、薬もまったくあてにならないようなところで、体調を崩してしまった方がおられました。神様に依り頼まざるを得ない状況になりました。今、私が祈らないとこの人は死んでしまうかもしれないと、自分の部屋で異言で無我夢中で祈りました。次の朝、驚くようなことが起こりました。その張本人が、「癒された!」と言いながら元気に歩いてくるではありませんか!しかも昨日の晩、御使いが夜通し看病していたという夢を見たらしいのです。異教のほとんど福音が到達していないこの地で、主の癒しが為されたということに深い感動を覚えました。

 そしてまた別の出張の機会。夜な夜な延々と続く飲み会に嫌気が差したことがありました。一体、何のために私はここに来たんだろうか。大音量の音楽が鳴り響き、どんちゃん騒ぎが続く中で、お手洗いで気の済むまで神様に抗議をした後、それでもあなたが私をここに遣わした目的があることを信じます!と祈ったところで、再び座席に着くと、今度は別のテーブルへと案内されました。どうやら車で数時間かけて、S県からやってきた水道局の職員たちだということがわかりました。自己紹介をし、一折世間話をしたところで、突然こう尋ねられたのです。「あなたは何を信じているのですか?」。公に伝道することができないこの国で、証をすることに大きな恐れを感じました。一瞬の間、猛烈に祈ったところ、「大丈夫。恐れずに語りなさい。」と聖霊の促しを受け、「実は私はクリスチャンなんです。」と証しをすることができました。

 あの日、あの場所、あの瞬間。導かれたタイミングで、癒しが為され、キリストを証しする力が与えられました。これからも聖霊の恵みを深く体験していきたいと思います。

この証は、書籍『聖霊のバプテスマの恵み』との連動企画です。
書籍はAG福音出版でお買い求めいただけます。

※教会名は、掲載時点のものです。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

お友だちへのシェアにご利用ください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

感想・コメントはこちらに♪

コメントする

CAPTCHA