MENU

聖霊のバプテスマの恵み(1)高間智浩

 

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド真岡キリスト教会
高間智浩

理解の薄かった私に、
稲妻のように
聖霊のバプテスマを
授けてくれた主

この人たちは、私たちと同じように、聖霊を受けたのですから、いったいだれが、水をさし止めて、この人たちにバプテスマをうけさせないようにすることができましょうか

(使徒の働き 10章47節)

理解の薄かった私に、稲妻のように聖霊のバプテスマを授けてくれた主

 2005年11月に初めて礼拝に参加し、2006年1月頃に信仰告白し、5月に聖霊のバプテスマを受け、8月に相模川で洗礼を受けました。出身は藤沢市生まれで、育ちは昔、津久井という湖がある町で、現在は相模原市となりました。今は真岡キリスト教会で勤務していますが、聖霊のバプテスマを受け、救われたのは神奈川県綾瀬市の日系ブラジル人の教会です。

 在籍していた教会では、礼拝の最初から最後まで通訳をして頂くことは難しかったのですが、毎週土日の夕拝に欠かさず行くようになっていき、また5月に聖会が予定していた為に3月から始まった毎土曜夜の深夜祈祷会にも参加しました。その深夜祈祷会は24時に始まり、日によっては夜明けまで続くこともあり、聖会までの7週間の祈祷期間でした。

 聖会当日はブラジルから宣教師が講師として招かれていて、通訳を通して説教を聞いていました。その当時はまだ聖書の事をあまり理解してはおらず、「聖霊とは何か?」「バプテスマとは何か?」「異言とは何か?」という事も理解していませんでしたが、私の人生を変えてくれた主を求めていました。聖会も終わりに近づき、祈って欲しい人が前に呼ばれて行く中、私も祈って欲しいと思い、前に進んでいきました。私の両側に牧師と牧師のお母様が立ち、私の手を取り一緒に祈り始めてくれました。目をつぶり祈りの中で「主よ、主よ」と求め続けている中、頭の中に稲妻のような光が走り、その瞬間に倒れ、自分自身に何が起きたかはわかりませんでしたが、後に話を聞くとその時に異言を語り聖霊のバプテスマを受けていました。次の日の聖会の最後にも祈る時間が持たれ、その時に自分で異言を語っていることに初めて気づきました。

 しかし、その日以降に異言を語る事が暫くありませんでした。そんな中、職場にも教会の兄弟が居たのですが、ある金曜日にその内の一人に「なんで聖霊のバプテスマを受けたのに異言を語らないのか!?本当に受けたのか?」と問われました。その言葉が心に残り、モヤモヤした気持ちをしながらその日の夜に山に登って祈る山頂の祈祷会があったので参加しました。祈り続けていると、その状況を知らない牧師が私の頭に手を置いて祈ってくださり、その時に異言をまた語り始めることができました。

 それからは祈るごとに異言で祈れるようになり、言葉にならないような想いが聖霊様の助けによって、深いうめきのような祈りになっていることを感じるようにもなり、弱い時も苦しい時も聖霊様に満たされ祈りの中に励まされています。車で片道90分程の場所に教会がありましたが、ほぼ毎日仕事が終わってから教会に行って、祈祷会や聖書勉強会、奉仕等に携わっていくようになっていき、燃えるような想いでひたすら主を求めるようになりました。当時は理解が深くない中でも、主の憐みによって聖霊のバプテスマを受ける事ができ、今に至るまでその祈りが深められ、聖霊に満たされ、支えになっていることを感謝しこの証をさせて頂きます。

この証は、書籍『聖霊のバプテスマの恵み』との連動企画です。
書籍はAG福音出版でお買い求めいただけます。

※教会名は、掲載時点のものです。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

お友だちへのシェアにご利用ください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

感想・コメントはこちらに♪

コメントする