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聖霊のバプテスマの恵み(59)船津 正吉

 

へヴェヌ・シャロームチャペル
船津 正吉

この小さな者をも導く神

「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。」

(ピリピ人への手紙3:12

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

スロースターターの私にさえ

 今から数十年前、私は北海道の高校を卒業し大学受験に失敗して家業の手伝いをしながら浪人生活をしていました。年が明けた1~2月頃横浜にいる兄から、自分は仕事を辞めて神学校へ行くけれど、その後任者を募集しているから受けに来ないかという連絡があって、筆記及び面接試験を受け内定を頂いて就職の為に横浜の地にやって来ました。

 私は、兄が教会に通っていたことは知っていましたが、教会というイメージは堅苦しいところという思いがあった為、教会に行くつもりはありませんでした。しかし就職の紹介や生活面でいろいろ世話になったこともあり、誘われるまま教会に通うようになりました。そしてある伝道集会で、主イエスが私の罪の為に十字架にかかって死んでくださったことを強く示され、主イエスを信じ受け入れる決心をして救われました。救われる前は、誘われるまま集会に行っていましたが、救われてからはそれまで礼拝しか参加していなかった私が、自ら祈祷会そして伝道集会に集うようになりました。

 その年のゴールデンウイークに、駒込で全国聖会が行われるというので、その聖会に同じ世代の仲間と参加しました。その聖会の中で、聖霊を求める人は前に出てきてくださいの呼びかけに応えて、前に出て行きました。聖霊のバプテスマについては、教会で初めて祈祷会に出る時に、ビックリすると言われていました。しかし、祈祷会に出て回りが大きな声で祈り、分からない言葉(異言)で祈るのを聞いても、それほど驚きませんでした。その全国聖会では前に出て座わってお祈りしました。「聖霊を与えてください!!」と、教会の仲間も手を置いて熱心に祈ってくれました。なかなか与えられませんでしたが、突然私の口から分からない言葉が出てきました。異言で祈り始めたのです。近くにいた先生や仲間が聖霊のバプテスマを受けたと言ってくれました!!

 聖霊を受けてから、不思議と人々にこの喜びを伝えたくなり、私はそれまで断っていた路傍伝道にも積極的に参加して賛美し、時にお証しをするようになりました。職場の仲間達が多く利用する最寄り駅前でも行ない、しばしば同僚にトラクトを配りました。同じ年の秋にビリー・グラハム大会が東京の後楽園球場で行われた際には、職場で新人の私が先輩に伝道して一緒に参加しり、教会で行われた献堂記念伝道集会に同じ職場の人に伝道して教会に誘うようになりました。 

 丁度、同時期に大学紛争が勃発して、私が勤めていた大学も重症校の一つになりました。そして授業は出来なくなってしまいました。ミッションスクールでそれ迄学生向けに授業の間に30分間の礼拝の時間があり、職員も参加できる恵まれた時間でした。特に新学期と秋のキリスト教強調週間には、大教室が学生たちで溢れるほどでした。それがなくなった時に、私は、仕事をしていても何故か苦しくなってしまいました。そして祈りの中で “自分が始めれば”という思いが与えられて、聖書輪読会を立ち上げました。これも聖霊を受けた後の大きな恵みです。そしてその聖書輪読会が定年後も今現在も続いていることは、神様の大きな憐み恵みと思っております。全ての栄光を主にお返しして。

      しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

使徒行伝1:8

家内とリビングにて

この証は、書籍『聖霊のバプテスマの恵み』との連動企画です。
書籍はAG福音出版でお買い求めいただけます。

※教会名は、掲載時点のものです。

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