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聖霊のバプテスマの恵み(4)藤井敬朗

 

新中野キリスト教会
藤井敬朗

聖霊のバプテスマ、こんな体験があったんだ!

すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた

(使徒の働き 2章4節)

聖霊のバプテスマ、こんな体験があったんだ!

 18才になるまで「神はいない」と言っていた私ですが、大学受験を前に失明しかけました。その時にクリスチャンの母が祈ってくれたことで失明を免れました。これがきっかけで神の存在を意識した私は、福音派の高校生バイブルキャンプに出席してそこで即信仰決心し、7月に受洗しました。しかし、半年もすると「神はいないのではないか?」とまた疑い出し、翌年には教会をやめることにしました。

 教会をやめる前に知り合いの教会の祈祷会に出席しました。その教会がペンテコステ派だとは知りませんでした。祈祷会は静かな祈りではなく、みんなが叫ぶように祈るので驚いて逃げ出しそうになりました。その時「私も思いっきり祈ってみよう」と思い、大きな声で「神様」と叫んだとたん不思議な感覚が頭の先から徐々に足へと流れ、突然わけのわからない言葉が出ていました。驚いて言葉を止めると止められるし、日本語で話せます。でもまた祈り始めるとわけのわからない言葉になりました。驚いたものの、とにかく嬉しくてたまらないのでそのまま祈りました。なんと1時間も祈っていました。

 そして、この体験が聖霊のバプテスマで、異言を語ったのだと知りました。使徒の働き2:4の「すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。」と基本的に同じだと知りました。この時からずっと神の存在を疑うことがなくなってしまいました。そればかりか、祈りの言葉に詰まっても異言で祈れるので、祈りが楽しくなりました。そうすると、Ⅰテサロニケ5:17 の「絶えず祈りなさい。」ができるようになりました。そればかりか、その前後の「いつも喜んでいなさい。」「すべてのことにおいて感謝しなさい。」もわかるようになって、聖書が生き生きと読めるようになりました。

 その後、私は色々な病気になり体がガタガタ、10数年間、痛みの無い日が無い状態になってしまいました。そして祈っても祈っても癒されません。ところが、不思議なんですが、神様に感謝の気持ちも喜びも薄れないのです。感謝します。

この証は、書籍『聖霊のバプテスマの恵み』との連動企画です。
書籍はAG福音出版でお買い求めいただけます。

※教会名は、掲載時点のものです。

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