
関口 聡
聖霊に支えられた信仰
知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。
(コリント信徒への手紙一 6:19 『聖書 新共同訳』©︎1987,1988共同訳聖書実行委員会 日本聖書協会)

主の御名を賛美いたします。
私は33年目の29歳の時に洗礼を受け、その一年後の全国聖会で受霊しました。
洗礼を受けた時は、金融機関において毎日ノルマに追われて、時によっては、土日も出勤して、求められた数値目標を達成するために働いていた時期でありました。
私は洗礼を受けてから程なくして、日曜学校の奉仕をさせていただくことになり、日曜日の朝早くから一日中教会で過ごす生活が始まりました。それまでは、日曜日は次の日からの仕事のために、少しでも体を休める日でありましたが、その過ごし方が一変したのです。信仰生活を経験したことがない私が、ほぼ30歳から新しい生活が始まった状態となりました。
初めのうちは、情熱と気力で続けられますが、その状態が数か月、数年と続きますと、肉体的にも精神的にも疲れが溜まることは否めません。結婚して二人の息子が与えられ、仕事と家庭の両面が更に忙しくなりますと、奉仕への思いと行動が惰性的になっている自分に気づかされます。教会生活、信仰生活を続けることは自分の気力や体力だけで出来ることではないと実感する時でした。
そのような弱い私を導き支えてくださったのは、聖霊様の助けであったと改めて思います。受洗した一年後に異言を伴う聖霊のバプテスマの恵みに与りましたが、私の場合は涙が止まらない経験や、喜びで躍り上がる経験ではなく、冷静な状態のままでしたが、聖霊のバプテスマの恵みは、その後の実際の信仰生活に、まるで炭の火がじわじわと長時間燃えて、体を温めるように、聖霊の炎は、弱い私の信仰を維持し、継続し、進ませていただき、今でもその炎の支えによりご奉仕をさせていただいております。聖霊のバプテスマの恵みにより、祈りと伝道そして献身に導かれております。
「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。」コリント信徒への手紙一 6章19節
神様は私自身に聖霊様を宿し、御旨の為に現在においても支え用いてくださっておられることを心より感謝いたします。
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※教会名は、掲載時点のものです。

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