2021年11月– date –
-
神学の教養(8)
「牧会カウンセリング」という用語があります。牧師が会話と傾聴によって信徒をケアすることです。牧会カウンセリングは「個人相談」ではありません。牧師は一個人として信徒の話を聴くわけではなく、一個人としてアドバイスするわけでもありません。牧師はキリストの身体である教会を代表して耳を傾け、教会が受け継いだ神の言葉に基づき助言します。 -
聖霊の炎を掲げて⑧
戦前の日本で親子で宣教活動に従事した宣教師家族が幾つかあります。その一つがオーストラリアから来日したスミス一家です。まだ幼い子供たちが日本語をマスターし、日本語のおぼつかない壮年の父母を支えて諸集会で通訳者として立ちます。彼らは「子供宣教師」とも呼ばれました。 -
「日本語になった聖書の言葉」⑧
今日取り上げる「日本語になった聖書の言葉」は、聖書に起源があることをほとんど知られていないと思われます。実は子どもの頃から聖書に親しんできた筆者自身も、この言葉の起源が聖書にあると知ったのは大人になってからのことでした。 -
信仰エッセイ「聖書の息遣い」⑧
少々歪んだ性格でも主に祝福された人物の事例が聖書に記録されています。旧約聖書のヤコブです。兄エサウとは双子でした。兄のかかとをつかんで出生したという、産声を上げる時から曰く付きの人生であったようです。新聖書辞典によるとヤコブという名前は、「かかと」と同じ語源で、しかも「だます」という意味も含まれているそうです。そんなヤコブのことを「穏やかな人」(創25:27)と創世記は評しています。とにかくつかみ所のないヤコブだったようです。
1