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「日本語になった聖書の言葉」⑨


第9回

「心の貧しき者」

堀川 寛 三滝グリーンチャペル牧師

 1979年に山口百恵が歌って大ヒットした「愛の嵐」という歌をご存じでしょうか。作詞は阿木燿子、作曲は夫の宇崎竜童で、そのサビの最後に、「心の貧しい女だわ…あぁあぁあたし」という歌詞があります。当時私は大学生でしたが、はじめて耳にした時に、「こんなところに聖書の言葉が使われている!」と驚いたものでした。

もちろんこの言葉は山上の垂訓の冒頭の一節です。新共同訳で引用しましょう。

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
(マタイ福音書5章3~5節)

 「心が貧しい」という表現は、日本語にはなかったものですが、この言葉が明治の日本人に衝撃を与えたのでしょうか、あちらこちらで使われ、いつの間にか日本語として使われるようになりました。しかし、ネットの辞書などをみますとずいぶんと誤解されているようです。「生活百貨」というサイトには、「心が貧しい人」の特徴として、「プライドが高い・人の成功を喜べない・自分のことしか考えていない・勝ち負けを気にする・ケチ・人と自分を比べる・常に不満がある・感謝の気持ちを持たない・謝るのが苦手・自分が悪いと思わない・理想が高い・見返りを求める」と説明されています。要するに、性格の悪い人のことを、「心の貧しい人」と呼んでいるようです。どうしてこのように誤解されてしまったのでしょうか。

 「心の貧しい人々」と訳されている文章は、原語(ギリシヤ語)では、“マカリオイ ホイ プトーコイ トー プニューマティ”、となっています。“マカリオイ”とは「祝う」とか「祝福する」という意味で、英語の翻訳では”Blessed”となっています。“ホイ プトーコイ”は「貧しい人々」という意味で、翻訳の間違いは起こりにくい言葉です。問題はその後の、“トー プニューマティ”という文節にあります。“トーン”は与格(目的格の一種)の冠詞で、直前の言葉を修飾しています。“プニューマティ”は「霊」という単語で、英語の聖書ではほとんど”spirit”と訳されています(KJV, RSV, ASV, NIV, ESVなど)。しかし、日本語の聖書では、文語訳(明治訳)の時から「心」と訳されています。その原因は、文語訳聖書を作る際に参考にした漢訳(中国語訳)聖書にあるようです。なぜ漢訳聖書では”spirit”を「心」と訳したのは分かりませんが、日本語に訳す際に、「霊」とすることは可能だったと思います。しかし、その後の日本語聖書でも、最新版の新改訳第三版においても「心の貧しい」と訳され続けています。「霊において貧しい」という表現が、日本語になじまないというのが、最大の理由のようですが、「心」と訳すことにより、聖書著者の、ひいてはイエス様ご自身の言わんとしたことが歪められてしまったことは非常に残念です。

 では「霊において貧しい」とはどういう意味でしょうか。簡単に言えば、霊が満たされていない、あるいは空っぽである、ということです。霊を満たすことができるのは、神様ご自身です。ですから、「霊において貧しい人」とは、神様によって霊の満たされることを求めている人、ということになります。塚本虎二は「ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち』」と訳しています。意訳ですが、なかなかの名訳だと思います。神を求めている人に「天の国」が与えられるのはもっともなことです。


 もう一度「心の貧しい」という表現に戻りましょう。翻訳の問題ではあっても、イエス様が言われたのとは、全く違う意味(性格の悪い人)として人口に膾炙してしまったことは残念でなりません。一方でこの事実は、日本の教会が聖書の教えを正しく、そして十分に日本の人たちに伝えてこなかったことの証拠と言えるかもしれません。本来私たちの霊は創造主なる神によって満たされていなければなりません。ほとんどの日本人はそのことに気づかず、物質的な豊かさや、精神的な豊かさによってごまかそうとしています。その結果、彼らは「人の国」を築いてはきたけれども、「神の国」を手に入れることはできていないのです。本当に満たされ、豊かになるべきは「霊」であることを、誤解を恐れず伝え続けていこうではありませんか!

執筆者紹介

堀川 寛 
三滝グリーンチャペル牧師
中央聖書神学校 学監

広島県スクールカウンセラー
臨床心理士
公認心理師
不登校児のためのフリースクール主催(1997~2000年)
ひきこもり状態にある方々の支援(2008年~)
パソコン聖書ソフト「J-ばいぶる」の開発

妻と息子二人と犬一匹(チワワ)
趣味:ゴルフ・スキー・チェロ・落語鑑賞など

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