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「きみにエールを送りたい~揺れる時期に寄り添って~」⑩

嘉手納アッセンブリー教会
神山 美由記

「なんかさ、この前ちょっと変な人からLINEが続いて、友だちに相談したら『もうLINE切ればいいよ〜』って言われたわけ。」

 この夏、キャンプに参加した大学生たちとの会話で、ちょっと気になったフレーズでした。

なるほど、LINEを切ればそこで相手からの連絡を遮断することはできます。こちらの気持ちに配慮なく一方的な連絡が相次ぐ場合、仕方のないことかもしれません。

でも、いざ交際となったらどうでしょう。これこそ、“ことば”と“ことば”のコミュニケーションが必要不可欠になってきます。「2人でいる間は、ひらすら一緒にゲームをしているからあんまり会話はないけど、それなりに楽しくいられる」というカップル、「一緒に暮らしていても、それぞれの趣味があるから、ご飯を食べたらそれぞれ部屋に分かれて作業(趣味)に没頭しているよ」という夫婦の声も聞きます。

 ある会社の調べ[1]によると、夫婦の会話に必要な時間は80.6分と言われているのに対し、実際の会話時間は62.7分止まりという結果が出ています。会話の量が足りていると、夫婦時間の質的満足度も高いのですが、会話が少ないことで、満足度は下がってしまいます。

実際に結婚している夫婦からも「もっと家族として対話する時間がほしいのに」という不満が結婚カウンセリングの中でもよく聞こえてきます。

 ここ最近、何度か恋愛セミナーをさせていただく機会があるのですが、そのセミナーの中で「交際相手との間に大切にしたい項目をいくつか挙げてみなさんにシェアしています。その中のひとつが「ことば」なのです。

 相手とちゃんとそれぞれのことばでコミュニケーションがとれているか?LINEだけではなく、対面で声に出してそれを伝えることが出来る相手なのか?

親しい親友レベルのような対話が出来るかどうかを、交際が始まる前の段階で見極めてほしいのです。

 LINEではめちゃくちゃ言葉数が多いけど、実際会って話すと割と無口…という人がいるかもしれません。直接言葉で思っていることを伝えることには勇気が要ります。特に付き合いたての頃には、相手に嫌われないように、なるべく2人の関係に波風を立てないようにしようという緊張感があるでしょう。余計なことを言ったりしない方が、二人の関係が安定するのでは・・・実はこれは、大きな間違いです。

 自分が自由でなくなるのを感じた時、それは神様が喜ばれる交際ではなくなっていることを意味します。そういう関係は自分自身が苦しくなってくるでしょう。相手に同意できないことが出てきた場合、それに対して“NO”と言えるかが二人の関係を健全に保つ上で核となってくるのです。

 たとえば、あまりことばを交わすことのできない二人が結婚した場合どうなるでしょう。ちゃんと問題の本質にお互いコミュニケーションが取れず、どこかで曖昧のまま時間が過ぎてゆき、セックスをして何となく誤魔化されて、ああ夫婦関係が滞っているわけではないから自分達はまだ大丈夫だ。・・・とそんな風に“ことば”とともに“気持ち”も置き去りにされ、何か大切なことがぼやけたまま本質から目を逸らし、気付いた頃には関係が希薄になってしまう。そういうカップルを皆さんは近くで見てきたのではないでしょうか?

 イエス様は、私たちが心の奥底にしまいこみがちな“ことば”をそっと引き出してくださるお方です。

ヨハネの福音書5章のベテスダの池の記事では、38年間ものあいだ病気で寝たきりになっていた男性に対して「良くなりたいか」と尋ねられます。関西人ならば「そんなの良くなりたいに決まってるやん!」とツッコミ無しに読むことはできません。彼がベテスダの池にいる時点でそんなことは分かりきったことです。

 しかし、彼は即座に「はい、なんとしても元気になりたいです。」とは言えませんでした。「ここぞ!というタイミングで自分を池の中に運んでくれる人がいません。」と周囲に対する不満を挙げるのです。長年病気を患う中で自分の病気が完治することなど、彼の中では叶わぬ夢のようになってしまったのでしょう。

 それにしても、イエス様なら彼の思いを聞くまでもなく状況を把握しておられることでしょうから、会った瞬間、彼に手を差し伸べて癒すこともできたはずです。

しかし、そうはなさいませんでした。

彼の心の奥に眠る本当の思いや願いを聞き出すためにあえてイエス様は「良くなりたいか」と対話を始められたのです。

 これはほんの一例で、他の箇所を見ても、イエス様は人々との対話から、心にある思いを引き出し、癒しや奇跡の業を行われています。

私たちが信じる神様は、私たちのことを「もっと知りたい」と思ってくださるお方です。

イエス様は、聞くまでもなくご存じであろう私たちの思いや願いを聞くために、かつ、なんとかして神の愛を伝えるべく、人の姿をとられてこの世に来てくださいました。

 私は説教を聞いている時や祈りが深まっていきそうなときに、「それであなたはどう感じているの?(どんなことを示されているの?)」「あなたの思いを聞かせてよ。」と聞き上手な神様がどんどん自分の心に迫ってくるのを感じるのです。

 時には「神様、待って!これ以上は言いたくない」と一旦蓋をしたくなるような複雑な思いや、過去の傷がズキズキと痛むこともあります。それでも神様は諦めません。何度も何度も、私たちの心の一番奥で居座っている本音のことばを引き出してくださるのです。それはある意味自分の醜さや弱さ、罪の核心と向き合う瞬間かもしれません。自分でもこんな思いがあったのかと驚くようなことかもしれません。けれども神様は時間をかけて私たちのことばを待っていてくださって、癒しと解放に導かれるお方なのです。

 そのように、私たちは人格的に対話してくださる父なる神様に出会うときに、この方の前では心の底に眠った思いを拾い上げて祈っても良いのだとホッとするのです。そうして私たちはことばを通して誰かともう一度向き合う勇気を得られるのです。

 私は結婚してからも、しばらく夫に話せない自分の過去の心の傷がありました。話すまでにずいぶん時間がかかった内容も少なくはありません。時には泣きながら、自分でも何を話しているのか支離滅裂な内容もありますし、長い沈黙が続くときもあります。しかし夫はじっと私が話そうとするそのことばを待っていてくれるのです。この人とは分かり合いたいと願う勇気が与えられたのは、私たちとことばで対話してくださる神様に出会ったからだと言って過言ではありません。

 いつも私たちの思いを「聞きたい」と願っておられる神様に対する応答こそが “祈り”なのです。礼拝に出ると周囲の大人の人たちが整ったきれいな表現の言葉で代表祈祷やメッセージ後の応答祈祷をしている姿を見るでしょう。でもそこでユースの皆さんは「自分はあんな風にお祈りできない」と感じる必要はありません。あなたが伝えたいその思いを心の密室で神様と語り合ってみてください。なるべくなら、具体的な言葉にして祈ってみてほしいのです。

 祈った後、自分が願ったとおりにならないこともあるでしょう。もちろん私自身もそういうことが多々あります。しかし、自分の望む形で祈りが応えられたから幸せだとか感謝なのではなく、祈りを通して神様をそば近くに感じることができること、神様がこの涙を拭ってくださるお方であることを知るときに、心の底から平安が与えられていくのがわかるのです。

神様との祈りの時間は私たちにとっての心の整理整頓でもあります。複雑に絡まり、グチャグチャになっているその思いを一つ一つ神様の前に出していくことによって、実は前々から抱えていた妬みや劣等感から来る思い、自分を愛せない、あるいは許せない思いが発展したもの、相手に対する怒りから来ていたもの等、一つ一つが整理されながら、じっくりと炙り出されてきます。それをすぐに悔い改めなければならないわけではなく、自分はこういう思いを持っているのだ、と神様に知っていただき、自分でもそれを受け止めるというプロセスが大切なのです。

 クリスチャンだと、すぐに「悔い改めなければ」、「清められなければ」と先を急ぎがちです。もちろんそれ自体は正しいことなのですが、急がなくてもよいのです。ゆっくり神様との時間の中で、皆さんが自分の思いを言葉にして祈り、神様に受け止めていただく。じっくりと神様のカウンセリングの場所に自分の身を置くことが実は一番大切なのだと思います。

焦らず、急がず、ゆっくりと、じっくりと祈ってみましょう。

 ちなみに私は2日に一度ウォーキングをしています。ダイエットのためももちろんありますが(笑)、祈る時間の確保のためでもあります。海に沈んでいく夕日を眺めながら、空を見上げて神様にその日の思いを聞いていただくのです。ことばが出てこない時ももちろんありますが、そのときは「このことばにならない思いをすべて聖霊に委ねます。」と祈ります。それでOK。その後に、「あの時祈りたかった思いはこういうことかも。」と示されてきます。運転中でも、誰かと話しているときでも、その時与えられた思いを一つ一つ神様に聞いていただく、知っていただく、それを繰り返す。この祈りの旅路が、信仰の旅路になっていくのです。

 愛するユースの皆さん、みなさんが自身のことばと思いを大切にしながら神様や周囲の人たちとの関係を築いていくことができるようにとお祈りしています。神様との対話が豊かになればなるほど、周囲の人との関係に広がりが見えるようになるでしょう。

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、

あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、

あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

ピリピ人への手紙4:6−7


[1] 江崎グリコ株式会社 11月22日は「いい夫婦の日」―夫婦の会話量調査―

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